一週間前、ととさんが急に言いだした。
「お母さんに報告して。西の方角へ向かったって。報告して」と
何度も言われた。
「西の方角?報告?」と聞き返すと
何度も同じことを言った。

勤務中に
「お父さんの様態が急変したって連絡があった」と母が震える声で
携帯に連絡が入った。
急いで帰り支度をして病院に駆け付けた。
ととさんが起きていて「お兄ちゃんが来るから、今すぐ来るからここから動くな!」と声を
かけて手を握った。

モニターに心拍数と脈拍、呼吸数などが波打っていたが
心拍数にかなりの乱れがあった。
兄が到着して、その後叔母も到着。
医師の方からは、持って今日明日、長くても今週中との話があり、
看護師さんが入室するたびに、数値の下がっている状況を説明された。

ととさんの手を握りながら、思いで話しが出始め
笑い声が絶えなかった。
ととさん伝説を話しながら、兄と大笑いしていると、
病室に面会に来てくれた方がいた。

数十年前まで隣に住んでいた方が、
入院しているという話しを人づてに聞いて、お見舞いに来てくれたのだ。
家族全員がそろい、死期が近いことを聞き
かなり動揺されていたが、よかったら会ってやってほしいと
お願いしたところ、ととさんの手を取り話しかけると、
ととさんが、ニッコリと微笑んだのだ。

廊下に出て、しばらくぶりなので話している内に、
看護師さんの方から「お話したいようなので、聞いてあげてください。
ちゃんと聞こえておられますので、話しかけてください」と言われ
あわてて室内に入り、見守ると、
ととさんが、涙を流していた。

「泣かなくていいからね」と涙をぬぐってやると、
舌が落ちくぼみ、言葉にならないのだが、母の顔を見て
「おかあさん」と言ったのは聞き取れた。

そのあとも数回、深い息をして
口を動かし会話するようにして、また涙を流した。
ととさんの顔を抱き、ととさんのオデコに私のオデコをあてて
「ととさん」とつぶやくと
モニター音が立て続けに鳴り響き「今旅立たれました」と看護師さんが言った。
驚いて顔を上げると、父の顔は安心しきったような顔だった。
すぐに退出するように促されて、葬儀場へ連絡した。

着替え終わった ととさんの顔には白い布が掛けられて、
殺風景な部屋にポツンと横たわっており、
ととさんが本当に逝ってしまったことを見て、号泣してしまった。

葬儀社の車に乗せて、自宅前を通ってもらい
葬議場へ直行する時、道路の真正面から夕陽が差し込み
ハッとして、思わず笑った。

「ととさん、夕日に向かって進んでいるよ。西の方角へ向かっているよ。
ととさんらしいなぁ。見える?夕日だよ」と
後ろにいる、ととさんに話しかけた。

さっき兄が言い残して帰った言葉を思い出した。
「親父は、本当にエンターティナーだよな。最後にご近所さんが来て
笑って見せるなんて」

そしてまた、夕日を浴びながら行くなんて、洒落た演出じゃないですか。
すごいです。ととさん。

本当にあなたの娘で、楽しかったよ。

3月16日 15:22 ととさんが逝きました。

『生き様と死に様を見せて逝く。親って本当にすごいです』

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バイバイ ととさん