ひねもすミシン

人生日々ぶつかり稽古

2008年05月

ゼローダ2回目を飲み終わりました

2回目のゼローダ4錠ずつを飲み終わった父親。
手足の痺れは、相変わらず強いようです。

痺れを改善するために頂いた、ビタメジンですが、
効いている感覚はないそうです。
これ以上悪くならないように、ビタメジンが頑張っている
と思うしかないのでしょうか。

足の平の痺れが強くなってきたので、
歩く姿が、正座をして痺れた足を
無理に動かして歩いているようです。
(実際痺れの感覚は、まさに正座した後の痺れた
感覚らしいです。)
最近は、少しでも天気が悪いと散歩に行きたがらず、
食事以外は、自室のベットの上に座ったきりです。

ゼローダは吐き気などがないので、楽だとは言いますが、
やはり効き始めは身体がダルくなるようで、
一時は寝てやり過ごしています。

手足の痺れで痛いといいますが、
それでも、今までの抗がん剤の中では
一番ましだといいます。

手も足も、くるぶしから先が痺れるらしいです。
痛いと言うので、マッサージをしようにも
触ると痛がるので、結局腕の付け根や、腿の周辺のみの
マッサージになります。

最近では、薬を飲むときに、
薬のパッケージの、とがった先が掌に刺さるので
それが余計に痺れを増徴させて、痛くてしょうがないと言います。

「薬を押し出したくても、先が痛くて上手く出せない」と言い

『これは困った』と考え、
小分けされたピルケースを買ってきて、
何日か分を前もって出し、ピルケースに分け入れて、
そこから飲んでもらうようにしました。

これは良いと父親が喜んだのですが、
元々手先が思うように使えないので、
購入の際に気をつけたのが、
ケースの蓋に指を掛けやすい
凸としたものを探したことです。

新薬開発も大切ですが、使う身になって
パッケージなどの素材や使いやすさも考えくれませんかね・・・。

『今回も頑張りましたね』

代用品

小さい頃から、両親が共働きだったために、
朝ごはんは自分で用意して、勝手に食べることが
暗黙の了解だった、我が家。

それは今になっても変わらず、休みの日でさえ、
それぞれがそれぞれに用意して食べるのであります。

が、本日の日曜日。
珍しく母親が「サンドイッチ作ったから食べない?」と
軽くトーストしたパンに野菜とハムを挟んだサンドイッチをくれた。

「あら、珍しい」とモシャモシャ食べていたら、
ピクルスの味がした。

『なんとハイカラな。ピクルスを挟むなんて』
と食歯型が付いたパンを覗き込んだら、

ぬかみそ漬けのキュウリだった・・・。困った

『もう一方は、カブ漬けだった』



DEMON'S ROCK TOUR √Hakurai と旅行会議

17日の土曜日。
土曜日出勤を強引に切上げ(笑)これまた仕事を切上げた友人と
久々の原宿駅前で待ち合わせ。
開場時間まで、近くの喫茶店にて夏の海外旅行会議。
時間は無駄にせず。

最近閣下のライヴといえば、邦楽維新ばかりだったので、
数年ぶりのライヴハウス。
SHIBUYA-AX は好きなところなので、なお結構。
だって、フロアーに手すりが沢山あるんだもの(笑)
今回は、軟弱な手すりの前を確保したが、これが思いのほかいいところで
視界をさえぎるものが無く、凄いお得感。

さてさて、1曲目はカバーアルバムの、
「今夜はAngel」(原曲:Tonight Is What It Means to Be Young)
(だっけ?)
この曲といえば、映画「ストリート・オブ・ファイヤー」の冒頭で
ヒロインが、とある町のライヴハウスで凱旋ツアーを行う
場面で使われているもので、この映画が大好きだった私は、
映画の場面がフラッシュバックし、そして現に今、
自分がライブハウスに居るので、ある意味、映画の中に入ったような、
妙な高揚感が。
久しぶりの大音響とグルグル回るライティング。血が騒ぎます。

スウェーデンからベースとギターのサポートでこられた、
アンダースさんと、オラさんとの音楽的にも、トーク的にも、
掛け合いが絶妙で、相変わらずの曲間が長い。

2人の日本滞在記も楽しく、
アンダースさんは、何故日本人は電車に乗った途端に寝るのか?と驚いたそうで、
喫茶店でタバコを吸いながら寝る女性や、
フィットネスクラブで出合った、最高速度のランニングマシーンに飛び乗り、
足が追いつかずに、振り落とされることを繰り返す日本人男性の話には
会場内大爆笑。

オラさんも電車内の話しで、座席に座ると皆が皆、同じタイミングで
携帯を取り出し、画面を凝視しているのが不思議で、
電車に乗ったら、携帯を見なければいけないのかと思い、
自分もとっさに出してみたが、何も起こらない。
何故?何?どうして?と不思議がり、そして人生初
日本で地震を体験したことを興奮げに話しておりました。

寝ていたらベットを揺さぶられ、びっくりして飛び起きると
ランプシェードや、ハンガー、あらゆるものが
横に揺れているので、あっちも、こっちもと見るので
顔を左右に振りながら、とっさにその様子を録画したとか。
「そうだ、アンダースを助けに行かなくちゃ」と思って行ってみると
高いびきで寝ていたそうで。
あの日の夜中の地震は久々に大きかったのに・・・。

そんな話を楽しみながら、そして曲ではしっかりと聞かせてくれ、
本当に楽しいライヴでした。

アンコールでは、FIRE AFTER FIREが!
大橋さんのギターで始まったときに、頭のてっぺんにある栓が抜けたように、
一曲入魂してしまい、終わった後には、真っ白な灰になりました。
もう一曲やってくれた、「魔界舞曲」も入魂物ですが、
やっぱり「FIRE AFTER FIRE」はキレまくります。

やっぱり駄目です。パブロっています。

3時間以上の長丁場でしたが、心地よい疲れとともに、
表参道へ行き、遅い夕食を食べながら、またもや旅行会議に突入。
結局どこに行くのか決められず、また後日に持ち越しとなりました。

『お楽しみは、これからだ』

ゼローダ2回目の処方

父親の外来日で、ゼローダの2回目が始まりました。

1回目は朝晩3錠ずつを2週間つづけ、1週間休みというパターンだった。
丁度、半分を過ぎた頃から、手足の痺れが酷くなり、
手が始終ダル痛いと言い出し、手袋などをして手を冷やさないようにした。
それでも痛みがひかないときは、使っていないゴミ箱にお湯を入れ、
バブなどの入浴剤を入れてあげて、手を温めたりした。
ゴミ箱くらいの深さがあれば、肘下辺りまで温められるからだ。

本日の外来時に、手足の痺れと痛みを訴えると、
先生はビタメジンカプセル25を処方してくださった。(1日3回2錠ずつ)

ビタメジンカプセル25
ビタミンB1、B6、B12を配合した複合ビタミン薬。
ビタミンは体の神経の働きに深くかかわっており、栄養補給で用いるほか、
ビタミン不足で生じる神経痛や筋肉痛、末梢神経炎(手足のしびれ)などに適応。
腰痛や肩こりに処方されることもある。

ビタメジンを変換したら「美貯め人」と変換された。凄い良さげ。

一時期、神経痛が酷くて処方されて残っていた
ロキソニン錠(解熱鎮痛消炎剤)を飲んでも大丈夫かと聞いたところ、
問題ないということでした。
強いお薬なので、消化性潰瘍用剤としてムコスタも飲むようにとのこと。
どちらもだいぶ残っているので、しばらくは安心です。

そして今回よりゼローダが1錠分増えて、1回4錠ずつになりました。
父親の話しでは、次回は5錠になるんだとか・・・。
「薬で、口の中が一杯になったらどうする・・・」と
父親がどのくらい増えていくのか心配していたので、すぐに調べてみました。
体表面の大きさに応じて成分量900mg?1500mg(3錠?5錠)とありますので、
増えても5錠までですね。
しかし、1粒でも結構な大きさなのです。(約140ミリ×7ミリ)

先生が手を見られて「まだ黒くなっていないけど、今回辺りからなるかもしれないね」と
言われたらしいです。

手足の痛みは、多少薬でなんとかなるらしいですが、
痺れはどうしようもないんだそうです。

吐き気はまるでないので、好きなものを食べられるだけで、
楽なのだと父親は喜びます。

6月末で、術後2年が経ちます。
先生が「もう2年経つんだね。1回余分に切っちゃったけど・・・」と言ったそうです。
1回余分に切った・・・。
先生の考えで進められた手術プランが原因でなったような(感じの)腸閉塞。
先生にとっても、父親は忘れられない患者なのでしょう。

NHKの教育テレビで大腸がんの特集を2回ほどやっていました。
視聴者からの質問に3人の先生がお答えしてくれる場面がありました。
ある視聴者の方の質問で、どの手術方法をとればいいのかと質問したところ、
3人が3人とも違う答えを出されていました。
もし自分ならばと考えると、やはり余計悩んでしまいました。
父親も一緒に見ていて、色々2人で意見をしましたが、
結果的に「お話しで、患者の質問や考えも真剣に聞いてくれる医者だね」ということ。
そして、看病してくれる家族が負担にならない場所にあり、
その後の通院も負担にならない場所にある病院である。
ということになりました。

『ビタミンって大事』

楽しい2日間の後は・・・

連休初日の3日は、face to aceのMaster Plan 2008 NOSTALGIC WINTER の
楽日に代官山UNITというライヴハウスまで行ってきた。
去年の12月に一度行ったツアーなので、5月で楽日とは随分と長丁場であったが、
本当にメンバーの方々は、楽しげに楽日を迎えられており、
こちらもまた、楽しい思いをさせてもらった。
同行する友人が具合が悪いということで、昼間のランチをキャンセルして、
場合によってはライヴに行くのも中止と考えていたが、
なんとか友人が出てきてライヴを見ることができた。

やはり身体が辛くても、好きなものに触れれば多少元気が出るもので、
帰る頃にはすっかり元気になっており、
遅い夕食を食べて帰れるほどになっていた。

中止にしなくてよかった出来事がもうひとつ。
人生初ピックを獲得した。
aceが投げたピックが壁にぶつかり、床に落ちた。
私は3人くらい後方で見ていたが、落ちたピックを偶然目で追えたので
猫まっしぐら状態で、ピックに飛びついたみた。
すると、明後日の方向を見ていた近場の人達の手が、
いっせいに自分の手をめがけて襲ってきた。
あれは本当に襲われたに違いない。
とりあえず、落ちたピックを掌で覆い、
引きずりながらたぐり寄せようとしたら、
その手を払いのけようと、覆っている手を引き剥がそうとする人、
『あの、もう私の手の中なんですが』と思っていても、
なお奪おうとする人。
本当に怖い思いをしました。

それでも何とか死守し、掌に収めたピックを友達に見せると、
一緒に喜んでくれて「中止にしなくてよかった」と言ってくれた。
ピックを肴に遅くまで呑んでいたので、すっかり帰りが遅くなり、
翌日(4日)は昼間くらいまで寝てしまった。

慌てて支度をして、表参道へ。
高校時代の友人と2人で出かけた。
その後、兄の彼女の誕生日パーティーへと移動したが・・・。
その店は、英語圏の人々が集まる店だったので、
日本じゃない外国と化していた。
彼女は外人さんなので、そういった場所は当たり前だが、
こちらは、中学時代に英語を捨て去った人間なので、
あの場の雰囲気はひきまくりで、唇の端で笑うしかなかった。

なんとか席を見つけ、座っていると、
外人さんがベラベラと話しかけてきた。
「シェアー」という言葉を聞き取れたのだが、
思わず席を立ってしまい、ウロウロして、
半ば飽きられて座ってよってジェスチャー。
あぁ、やっぱり相席してもいいのかって言ったのか。
薄ら笑いするしかなかった。
店の中では色々な人がライブパフォーマンスしているので、
大音響の中、友人と大声で話し、
気を使ってくれた兄が、色々と面倒を見てくれて
大変申し訳けなかったと思う次第であり、
やっぱり、英語ぐらい話せなきゃと反省しつつも、
また、流暢な日本語を駆使して、海外旅行とかしちゃうんだろうねって・・・。

誕生日パーティーをしているメンバーと、全然関係ない客が入り混じり、
日本では「お前ら、うっせんだよー」って言われかねない状況なのに、
平然と呑み楽しんでいる外人さんたち。
ただただ、唖然・・・。
しまいには、映画や海外ドラマでよくみるシーンの、
皆でテキーラをショットグラスで一気飲みして、ライムをかじってたよ。

酒の強くない、兄も参加しており「おいおい大丈夫かよ」って聞いたら
「わかんない」といいつつ、参加していた。エライよあんた。
エライ!と褒めたくて近くに呼び、髪の毛引っつかんで頭をシェイクしてやった。

やがて、彼女のライヴが始まり、大盛り上がり。
こちらも、騒がなければ損だと思うようになり、妙な大騒ぎ野郎に。
大変貴重な体験をさせてもらった。
しかし大声で話し、多少空気の悪いところにいたので、
帰り際には喉が痛くて、突然外のいい空気を吸ったので咳を連発。
翌日は大人しく、というより体力の限界か一日中寝て過ごしていた。
起きたくても起きれない。情けない・・・。
夜遊びもできなくなったのか、あたし。

『隠居した気分だったね』
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