ひねもすミシン

人生日々ぶつかり稽古

2007年11月

2回目のFOLFOX4治療開始

28日より、父親の2回目の抗がん剤治療FOLFOX4が始まった。

会社が休みだったために、またもや付き添いで入院手続きを。
父親のためとは言え、そうそう遅刻や早退はできないので、
次回からは1人で行ってねと言っていたので、ちょうどよかった。

手荷物をロッカーなどに入れていたら、
見慣れない先生が、様子を見に来てくれ、
家に帰ってからの様態や、次回のスケジュールなど簡単に応対してくれた。

同じ部屋に、人工肛門閉鎖術を受けた人がいたらしく、
傷口が化膿してしまい、入院が長引きそうですと、
説明している声が聞こえてきた。

人工肛門は便に触れているため、洗浄してから閉鎖術をするが、
菌が残り、化膿してしまう人も多いと聞く。
父親の場合は膿みもせずに、1週間程度で退院したのだが、
やはり傷口が膿みやすい人は色々大変だなぁーと思った。
それほど、父親の場合は抵抗力というか、治癒力が高いのだろうか?
じゃぁ、何故癌に?などと思ってしまう。

用事があったので、一通りの手続きを済ませ、退室したのだが、
昼過ぎに見舞いに言った母親の話に驚いた。

「お父さんの腕に点滴針が刺さっていて、抗がん剤治療を始めていた」

ポートを埋め込んだのに、何故腕に点滴針?
よくよく話を聞くと、赴任してきたばかりの先生が
点滴針を腕にしたらしく、父親が前回ポートの埋め込み手術をしたことを
確認していなかったらしい・・・と。
腕に刺された父親も『何で?』と思ったらしいが、
『先生がやることに間違えはないし』と思い、黙っていたらしいが、
それを見た母親が「絶対おかしいから聞いてきな」と渋る父親を急かしたという。

確認しにいくと、その状況を見た看護師の方が驚き、伝達不足が発覚。
看護師が平謝りだったそうだ。
結局2日目はMRI検査をするために、一時的に点滴針を抜かなければならないので
腕からしても、ポートからしても差ほどかわらないので、
今は腕から点滴しましょう・・・という事になったらしいのだが、
腕が冷たくなり耐えられなくなり、ポートから点滴するように変えてもらったそうだ。

父親くらいの年齢の人は、医者に意見するというのは抵抗があるのだろう。
やはりおかしいと思ったことは、どんどん聞いたほうがいいのだと思った。

医療ミスが起こるというのは、こういうことなのかと思うエピソードでありました。

ちなみに、TS?1をやめて早2ヶ月。
抜けた毛が生えてきました。
まだ植物の茎などに生える産毛のようですが、みっしりと生えてきました。
指の毛やすね毛も復活しています。
産毛が電気に照らされ、頭に後光がさしているようで、思わず拝みたくなります。

「芽吹く」

嫌な後には笑いを ?乳がん検診とやじきた道中?

昨日、乳がん検診の再検査を受けに、半年振りに健診センターヘ。

乳がん健診も2回目なので、妙な緊張感もなく受けられました。
ただし・・・。マンモを撮る技師(女性)の、淡々とこなす作業から出る
言葉のやり取りが、私的にはあいませんでした。

「台の横を持って、顔は左を向いてください。」と言われ、
とりあえず台の脇を持つと

「そこじゃありません、ココです。もっと背筋伸ばしてください。顔は左です。」

と手直しされて、反対側をやるも「違います」と言われ、
最初から手を添えることはしなかった。
言われた場所を持ったり、体の向きを変えたりするたびに
「違います。こうです。」と手直しされ『まったく、いちいち・・・』
と言われている感じで、バカにされているような、そんな受け取り方をしてしまった。
前回の技師(女性)は、「ここを持ってください」と最初から手を添え、
何度も「大丈夫ですか?」と聞き、色々と声をかけ手を添えてくれた。
だから「こんなもんなら、早く検診を受ければよかった。またやろう」と思えたが、
今回の技師で、初めての検査だったら「もうやりたくない」と思っただろう。

検査結果は前回同様、左乳房石灰化・乳腺線維腺腫で、
シコリの大きさは7ミリ×7ミリ×4ミリの大きさで、
前回と大きさがほとんど変わらず、石灰化も増えることもなく、
「1年ごとに必ず検診を受けてください」と言われて終わった。

超音波検査の画像でシコリをみたが、舐めかけのドロップがおいてあるような形で、
石灰化は、塩をこぼしたような感じで写っていた。
粒の数を数えられそうなくらいであったが、
石灰化の小さな粒が、たくさん集まっている(微細集蔟石灰化像)場合は、
早期乳がんの兆候だそうだ。
今の段階ではまだ、限りなく白に近いグレーと言った感じだろうか。
とりあえず、起爆剤を持っているような感じ。
「常に触診でチェックして、少しでも違和感があれば、いつでも来てくださいね。」
と言われたのだが、なんとも言えない気分だった。
今回は再検査なので、保険が適用され2,800円だった。
病院帰りに携帯へ連絡が入った。
「お父さん、映画を観に行くかって?」
笑って免疫を増やしましょう!!という企画をたて
勘三郎さん主演の「やじきた道中てれすこ」でも観にいきませんか?と
両親を誘ったのだが、
「2時間近くトイレに行かずに座っていられるか自信がないので行かない」と
父親が言ったので、企画倒れになっていたのだ。
直腸が無い父親にとって、長時間トイレに行けないということだけで
かなりのプレッシャーになることはわかっていたが・・・。

ところが、今日は腹の調子がよさそうだといい、
軽く食事をした後に、映画を観ることが出来た。
食事をした後は、トイレに忙しい父だが、
それも無く、最後まで席を立たずに観られた。

映画の内容は、よい意味で「役者の道楽」で作ったような映画だと思った。
古典落語のエピソードが沢山盛り込まれた話しだったようだが、
どれも知らなかったがとても楽しめた。
勘三郎さんの台詞回しは、いつ聞いても♪が飛び交うようで心地よく、
人情話しは勘三郎さん、笑い話しは柄本さんにお任せという感じ。
この2人が噛み合ったときのなんといわれぬ、腹の底から笑うのではなく、
何故か笑いを噛み殺しながら、なんともへんな笑いがこみ上げる。
映画じゃなくても、舞台として観たい題材だった。

観終わった後に父親が
「くだらねぇー映画だなぁ。あそこまでくだらないと本当に笑っちゃう」と
いつまでも自分が気に入った場面の話しをして笑っている。
いい免疫療法になっただろう。

しかし、両親と映画館で映画を観るなんて初めてじゃないのか?
あと1週間で2回目の抗がん剤治療が始まる。
「笑って免疫を増やしましょうの会」は大成功だった。

『粋に』

ポート 抜糸とアザ

外来でポートを埋め込んだ傷口の抜糸をした。

右鎖骨下にポートを入れた父親。
1回目の抗がん剤治療を終えて、家に帰ってきて
着替えたところ、右胸全体に内出血による青アザができていた。

「執刀による内出血で、抗がん剤が漏れたのではないと思うよ」
と言うも心配げな顔。
外出して、人込みの中で肩がぶつかったら痛いのでは?
なにかガードした方がいいのではと、色々心配するので、
経験者の方の話を聞かせると、少し落ち着いてきた。

今日の外来診察時、抜糸するときにアザに付いて聞いてみると、
これは執刀時による内出血で心配ないと言われたそうです。
しかし、今更ながらに聞いた、肺と肝臓の転移について
「なんでも一番大きくても1cmくらいはあるそうだよ」
と言ってガッカリした様子。

そんなときに母親の一言で一瞬にして笑いへと変わった。

母:「お父さんの胸に入った 金物は・・・」

「かっ、金物!!」と私が言うと、父が大きな声で
「せめて、金属といってよ。金物じゃ、磁石も付かなさそう」

すると母が「磁石を付けてもいいの?」と言うので
「なんで!磁石付けてなにするの!」
「やめてよそんなこと!」と父親が慌てふためいた。

「いや、付くのかなぁ・・・」
「それは例えだから!金物じゃ付かなさそうな響きって例えだから」

そうじゃなくてと母が口を尖がらせて
「なんていうの、その金物」
「だから、ポートだって」と私が言うも
「金属でいいよ」と父親がケラケラと笑った。

金属探知機に引っかかるのか?

『正式別名:金物』






元気に退院

木曜日退社後、いつものように父親に面会。
今日は二日目の抗がん剤なので、いくらなんでも調子が悪いだろうと
思って覗くと、飽き飽きした顔の父。

「調子はいかが?」と聞くも、ベラベラと喋りだす。
「気持ち悪いのは?」と聞くと夜中に1度吐いただけで、
何ともないと力強いお答え。
抗がん剤をしながらも、モリモリと夕食を食べ、ほぼ完食。
「抗がん剤の点滴した後に、食べている姿は見たけど、
抗がん剤しながら、モリモリ食べてるよ・・・」

翌朝、母が心配して、本日も早めのご出勤。
「お父さん、今朝も元気だったよ。頭を洗ってあげたら喜んでた」
出勤途中、私の携帯に電話してきた母。
「よくそんな時間あったね。気をつけて行ってね」と出勤前の母に言った。
『あっ、そうか。お父さん丸ハゲでした。時間なんてかからないか・・・』と
道を歩きながら、ふっふっと笑った。

金曜日の14:30で、48時間の抗がん剤治療も終了。
退社後、面会に行くと身軽になっている父。
明日の土曜日には退院できると知り、ご満悦の父。
散歩がてら、食堂まで歩いて行き、ココアをご馳走した。

「終わっても安心できないよ。終わった後から副作用が出る場合もあるからね」と言うと
「脅かすなよ」とココアをチビチビ。
20分ほど話し込んで部屋に戻ると、夕食はなんと「鉄火丼」
「信じられない!生ものが出るなんて。抗がん剤治療している人に
生もの出すなんて・・・」いささか閉口している私を横目に
がっつき出す父親。
「気持ち悪くないの?食べても大丈夫?」という間に完食。

「丼飯食べたよ・・・」
「丼飯たべられたぁー」とご満悦の父。
父親の食欲は貪欲で凄いです。

土曜日にも歩いて帰ってきて、
本日の日曜日は地下鉄に乗って馬券場へ。
エリザベス杯に挑みます。
本番はテレビにてご鑑賞。うきゃぁーと声を上げます。

13日にポートの傷口の抜糸を行い、
3週間休んで27日に2度目の入院です。
この3週間の間に飲む薬は、胃薬くらいで、後はのんびりと過ごします。
3週間でいかに体力を回復させてやれるか、母と私の宿題です。

『1/6が終了』

FOLFOX療法開始

昨日より、新しい抗がん剤治療FOLFOX4が始まった。

病室のカーテンを開けると、
布団をスッポリとかぶり、目から上だけを出している父。
「気持ち悪い?」と聞くと、コクリと頷くだけだった。
それでも、昼飯は全部食べたらしい。

11時くらいから始めて、
・レボホリナート(商品名アイソボリン)25?
・オキサリプラチン(商品名エルプラット)100?
 (溶解・希釈は5%ブドウ糖(生理食塩液等の塩化物含有溶液により分解)
・5%ブドウ糖
・ハイカリック(?)(高カロリー輸液:抗がん剤による食欲不振を回避するためのものか)
と既に結構な数をこなしており、
行ったときは、フルオロウラシル(商品名5-FU注250?×3)を
14:40?12:40と書かれており
「でた、22時間ものですか・・・・」と言うと
ブツブツと言いながら、トイレに行くと1人で歩いて移動していた。
5?FUが入った点滴袋は、B5サイズ弱といった感じで大容量だった。

帰ってくると、隣のベットの患者さんと談笑。
すっかり和んでいる。
テーブルの上を見ると、フロモックス(100?)の錠剤が三日分処方されていた。
「何これ?」と聞くと父は「飲むの、抗がん剤」という。
「違うと思う」と言っても「だって、抗がん剤・・・・」と言い張る。
(家に帰って調べてみたら、抗生物質だった。ポートの化膿止めだね)

抗がん剤の副作用として、末梢神経障害があるらしく
特に「冷たいものに触れると痺れが強くなる」らしい。
ベット脇には「冷たいもの禁止」と書かれた札が下がっていた。
あぁ、これから冬になるというのに・・・

とりあえず、お水が入ったペットボトルは冷蔵庫から出した。
「ってことは、プリンもゼリーもアイスも食べれないの・・・?」
抗がん剤治療中の非常食だというのに。
母が昼前に買ってきたプリンを貰って食べたが、
既に常温と化していたプリンの不味いこと・・・。
これから冬に向かい、冷たいドアノブや階段の手すりを触ったけでも
痺れるのだろうか。
手袋が必需品になるなぁ。

心配した母が、今朝出勤前に面会に行ったそうだ。
夜中に1度吐いたらしく、まだ少し気持ちが悪いと言っていたそうだが、
まぁまぁ元気だったとのこと。
あと丸一日点滴するのだが、あのB5サイズの量の抗がん剤を見ただけで
圧倒されました。

本当に、みんなエライよ。
少しでもなにか役に立てるなら、何でもやるよと思うのでした。

『やり過ごせ』
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