ひねもすミシン

人生日々ぶつかり稽古 洋裁作品をUPしています。 他に旅行記や闘病記なども。

2007年06月

8回目の抗がん剤治療も後半戦

抗がん剤治療も後半戦になってきました。

辛い辛いといいつつも、時には精力的に動き、
町内会のウォーキングツアーに参加したようで、
5キロの道のりを制覇したようです。
が、父に言わせれば「俺がいつも歩いている散歩コースと変わらないし、
俺のほうがもっと歩いているぞ」でした。

ここ最近目立った副作用として、
舌が赤くなって、ところどころ薄黒い斑点ができました。
一時、舌の赤味が増し、酢の物を食べたときに
ビリビリと痺れ、口が痛いといい、それ以上食べられませんでした。
また、舌の赤味のせいなのでしょうか?
日々食べられるものが変わります。
昨日は味噌汁が駄目だったのに、今日は平気。
今までは昆布つゆが駄目だったのに、今日は平気。
甘みが薄れる。

味覚が、日々変わるので、最初のうちは献立が大変でしたが、
「食べられるものを食べて頂戴!!」と母が開き直り
それからは、食べられるものを選んで食べるというふうになりました。

ツルツルだった、父親の頭も、
チョビチョビと髪の毛が生えてきましたが、
それがもう少し伸びてきました。

梅雨になり、晴天の翌日にどんより曇り雨になる
という日々が続いておりますが、
気圧の関係でしょうか、体調を上手くコントロールするのが
大変なようです。

今回も無事終了してくれることを願っています。

『ちょっとちょっと』

上部内視鏡検査(胃カメラ)を受けてきました

人間ドックもいよいよ最終検査の胃カメラのみとなり
昨日検査を受けてきました。

問診と内診を受け、検査についての説明を受けました。
間もなく検査室へ案内され、診察台に座り胃酸を止める薬を飲むように言われました。
紙コップ一杯に入った液体を持つと、看護師さんが
「一気に飲んでくださいね」
人間不思議なもので、得体の知れないものでも
「一気に飲め」と言われると、本当に一気に飲むものです。
生温い海水のような味がして、後味の悪いこと。
診察台に仰向けになると、血圧計と心拍数の器具を取り付けられ、
「喉にゼリー状の麻酔薬をいれますので、喉に留めてくださいね」といわれ
針の無い注射器のようなもので、麻酔薬を入れられました。
その間点滴針をさされ、鎮静剤の準備。
「もういいですよ。口に入っている麻酔薬は
飲んでも害はありませんから、飲んでください」と看護師さん。
『これ?飲む?こんなベタベタしているの飲めないよ』と
ブンブンと顔を横に振ると「あぁ、吐き出しますか?」と聞かれ
これまたブンブンと顔を縦に振り、吐き出させてもらいました。
すると、口の中でゼリー状のものが、ネタァーと張り付き気持ち悪いこと。

マウスピースをはめられテープで固定され、
横向きになった頃に、点滴針へ鎮静剤が投与されました。
遠くの方で名前を呼ばれ、目を開けると
口にあったはずのマウスピースが無く「起き上がれますか?」の声。
遠い記憶で、喉に違和感を覚えていて・・・。
「終わりましたので、検査結果を先生にお聞き下さい」
診察台から起き上がると、先生が椅子に座って、
私の胃のカラー写真を手に持ち、説明を始めました。

『終わった?あたし寝てた?固定されたテープを剥がされたことも覚えてない・・・』

検査結果、胃に良性のポリープが2つ、胃酸が逆流して炎症を起こして
ただれている写真もあり。
「特に薬を飲んで治療するというレベルではありませんので、大丈夫ですよ」
医師にお礼を言って、看護師さんの手を借りて休憩室へ向かった。

いつの間にまた眠ってしまったようで、
看護師さんに起こされるまで物音さえ気にせず寝ていたようだ。
「前回やられた大腸検査のときよりも、鎮静剤の量が多かったのですが、
ご気分が悪いなどないですか?」と聞かれ納得した。
『あぁ、だから寝ちゃったのか』
大腸内視鏡検査のときは、ボォーとしたものの何とか起きて
モニター画面を見ることができたが、今回は始めた事すら知らなかった。

休憩している間に、喉の麻酔も切れたようで、
風邪をひく前のように喉が痛み、それが、翌朝になっても続いている。

そんな話を、事務所の相方さんに話したところ
「信じられない!私なんか、鼻水は出るは、涙は出るは、ヨダレは垂らすはで
二度とやりたくないって、思ったのに」と、驚かれていた。

とりあえずこれで人間ドックは全て終了したわけですが、
内視鏡検査をするならば、静脈注射の鎮静剤を使う病院を選ぶ事をお奨めします。

そして一般的な「痛い・辛い」と言われる検査を全て体験したので、
これで何があっても、臆することなくまた検査を受けられると思います。

『みたいな?』

8回目の抗がん剤治療開始

父親の術後1年を前に、腹部と胸部の造影剤を使ったCT検査が行われた。

結果は良好。
ただ、肺の近く(黒く写るところ)に白い斑点のような、塊というか線のようなものが
写っていて「なんだこれは?」と先生も言っていたそうだが、
内臓的疾患ではなく、多分外部からの何かの影響で写りこんだのでは・・・
ということがらしいが。
ほんとうだろうか。

付き添いで行った母親に、
「お父さんに脳のMRI検査を受けさせたいのだけれど、先生に頼んでみて」と
言っておいたので「どうした?」と聞くと、
すんなり承諾いただいて、次回7月の診察時に検査を受けてくるようだ。

CTの検査結果を聞き、そのまま8回目の抗がん剤治療が始まった。
点滴後にトイレが忙しくなり、それは夜中の3時頃まで続き、
翌日の朝には相当疲れ果てていた。
抗がん剤の点滴治療したときはいつもそうだが、本人はわかっているが
「もぉー嫌だぁー、なんとかしてくれー。疲れたぁー」といいながら
トイレを往復しておりました。

さてさて、これだけ辛い思いをしているのにもかかわらず、
やはり病院での検査は嫌らしく、脳のMRI検査受診もなんとか説得しましたが、
次は目の検査に行かせなければと思っています。
緑内障とか白内障とか心配ですから・・・。
本人に話しても、目を逸らす一方です。

『必ず、受けさせる!』

誰かこいつを止めてくれ・・・

7回目の抗がん剤治療を終えて1週間。
ただ今、絶好調の父。

ほっておくと、こんなことをしておどけておる・・・

b9304d52.jpg


メロンの網をかぶって「かつらー」とか言ってるし。
一瞬、酷い茶髪に見えるし 困った

『誰かこいつを止めてくれ』

って、背後から携帯で写真を撮るバカ娘であるが。

はじめてのお使いの心境

土曜日に、父親が福島まで、法事に出かけた。

1年前の法事の時には、入院直前ということで
大事を取って欠席させてもらい、代わりに母と私で出席した。
その時から「来年は必ず行くから」というのが父親の
1つの目標であり、そのときには「来年」という言葉が
随分と遠いもののように感じた。

5月29日に7回目の抗がん剤治療を終え、
体調を万全にするべく、一生懸命に調整をしていた父。

前日の夜、兄妹全員から
「明日は来られるのか?無理しなくてだいじょうだよ」と連絡があり、
応対に大忙しの父親。

当日、礼服に着替えて送り出すときに、
父親の、坊主頭に礼服が、なにやら七五三のように見えて
「なんだか、初めてのおつかいに出す親の心境だよ」と声をかけると
母親が大笑いして出かけていった。

現地に着けば、全員がお出迎えしてくれ、
Y叔母様が、父親の坊主頭をグリグリとなでながら
半泣きしていたそうだ。

同じく、癌を患っている
父親の伯父さんの家に寄ったそうだが、やはり涙を流して迎えてくれたそうだ。

父親の「来年は必ず行くから」という目標は達成された。
「次は何?」と聞くと「抗がん剤が終わったら、旅行に行きたい」と意欲的だ。
父親以上に、母親が・・・。

『父、帰る』
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